第四回入賞作品
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「えーと、桐ちゃん正気? ヘンなクスリとか食べたり吸ったりしてない? タで始まってイマで終わるあれとか」

 カで始まってザイで終わるのでも良し。

「いたって正気。ちなみに最後に食べたのは里奈の作った冷やし中華」
「だよねえ。あれ、でもママの夕ご飯に作っておいたのに」

 パートに出たママは帰ってくるのが九時過ぎになるけど、お腹が減るからって家を出る前に食べていく。……あの食い意地が張ったママが桐ちゃんにご飯を譲るなんて、何かヘンなことでも起きるんじゃないだろうか。

「今日は里奈パパと外食するんだってよ。娘の結婚記念」
「なるほど。――って桐ちゃん違う! あたしまだ十六歳! バッチリ青少年保護育成条例に引っかかるよ!」
「結婚前提で付き合っていれば問題なし」
「そうなの?」
「そうだよ」

 ちっちゃなテーブルで丸付けを続けていた桐ちゃんは作業の手を止め、カチカチカチカチ……って何度も赤いボールペンをノックする。これ、桐ちゃんが考えをまとめてる時の仕草だ。

「で、それ以上質問ないなら早くしてくれない? 市役所閉まっちゃうから」

 どうしよう、質問がなくなってしまった。ついでに言えば桐ちゃんを拒否できる表立った理由もなくて、『何となくダメ』じゃあ誰も納得してくれないよね。彼氏がいる、とか他に好きな人がいるって嘘もあっさり看破されてしまいそうだ。
 これ、もしかしなくても絶体絶命?

「…………ええとね、桐ちゃん」
「何?」
「今まで訊かなかったけど。桐ちゃん、あたしのこと好きなの?」
「微妙」
「は?」

 今、微妙って言った?
 微妙ってことはあれだよね、好きなのか嫌いなのか分かんないってことだよね。いやだまし討ちして婚姻届に判押させようって考えるんだから『嫌い』じゃないと願いたいんだけど。それでも微妙はないでしょ、微妙は!
 桐ちゃんは鞄からもう一枚(予備か?)婚姻届を取り出して、あたしの机の上に乗っけた。見たくないのに目を逸らせない、まるで魔法にかかったみたいだ。

「あと三年も七年も待って里奈に彼氏なんか出来た日にはそいつの首絞めたくなるし、家庭教師が終わるたび離れがたいからこのままだと誘拐犯になりそうだし」
「……」
「極めつけは男子テニス部にマネージャーとして入部。里奈が世話すんのは俺だけで良いし、って思ったから善は急げ。――分かった?」
「そこまで人生急ぐことないと思うけど……。でも、ふつーに彼女ってのはヤなの? それなら別に良いよ?」
「彼氏と違って旦那はすぐに別れられないからね」

 ねえ、桐ちゃん。それって。

「……桐ちゃん」
「納得してくれた?」
「うん」

 桐ちゃんの気持ちは分かったし、心は決まった。
 あたしは婚姻届――机の上に乗ってるやつ、を手に取ると桐ちゃんの前に陣取った。
 確かにこのヒトは旦那様として最適だ。若いしW大だし身内の欲目差し引いてもカッコ良いし、桐ちゃんのご両親にも娘同然に良くして貰ってる。お医者さん一家だからお金の援助だって頼めるだろう。でも。

「ぜえったい、ヤだ。そんな簡単な理由で人生決めないでよ、あたしまで巻き込まないで!」

 破れるだけ破った婚姻届をパアッと空中に散らして。ひらひら足元に落ちた紙切れの一つを力いっぱい踏みにじり、あたしは部屋のドアに近寄った。

「だいたい、あたしまだ十六だし。有り得ん」

 ガチャッ、バタン!
 荒々しくドアを閉め、桐ちゃんが開けられないように全体重をドアにかける。
 三毛猫のキリがまたやってんの? って感じにあたしを見ていた。恒例行事だもんね。

「……十六だし、か」

 次はどうやって説得しよう。初めて言われた時は冗談だと思って『ハタチの大人が中学生に何言ってんの』だったし、高校生だからって手は使えないかな。親のお金に頼って生活してるからダメ、って言った時は一ヶ月経たないうちに株式で大金揃えてきたしなぁ。

 いつまで待って貰えるだろう。熱くなったほっぺたを手で隠して、暑さを訴え出した頭でぼんやり、考えた。


END
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