第三回入賞作品
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三位
内田沙良さん
誰よりも
[恋愛]


 粉雪が舞う中、彼は車から出ると私をそっと抱き締めて、そして右手を頬にあてる。
 彼の手はごつごつしていても細く、そして優しくて大好きだった。
 その大きな手に自分の手を重ねると、彼は顔をゆっくりと近づけて唇を重ねてきたのだった。


  *  *  *


「―― すみませんでした」


 そう課長に言いながら頭を下げると、恥ずかしさと同時に自分がとても嫌になった。
 大切なお客さんの伝言を伝え忘れて、相手方を不愉快にさせてしまうなんて。
 入社してまだ一年だけど仕事は覚えていたし、今までミスをしても繰り返さないように気をつけていただけに悔いが残る。


「私にだってあるわよ」


 と肩を叩いて慰めてくれたのは、同僚だった。仕事が終わった後に訪れたBARは、私達の他に恋人や三十、四十代の男性も来ている。
 それぞれに話してはいるけど、いずれも仕事や家庭の愚痴のようだった。


「だけど今回のミスは嫌になってしまうわ」


 と話すとカクテルを口にする。相手方は会社へ連絡をすると、課長に文句を言ったようだったけれど、結局取引は続けられる事になったと聞いて安心した。
 だけど自分がした事にどうしても許せなくて、すっかり沈んでいたのだった。


「おいおい、暗いっすよー! 」


 そう背後から明るく声をかけてきたのは、同期入社の彼。
 営業という事もあり人当たりが良く、人懐っこい笑顔は安心して相談を聞いてもらえる。
 今まで話を聞いてもらって、何度立ち直れたか知れなかった。


「落ち着いたか? 」


 BARで彼と会った後、私達は二時間ほど話をすると店から出た。
 そして同僚は家へ帰り、私は誘われるまま彼のマンションへ行った。
 そしてお風呂から上がった後に、そう聞かれたのだった。


 彼との付き合いは半年くらいだけど、結婚を意識していた。彼は同じ年だけど大人だし、お互いに二十代前半に両親を亡くしていたせいか、早く家族を作りたいと思っていた。
 それと彼の事が大切で、好きだったからというのが一番の理由だった。


「うん。だけど―― 」


 と俯く私に彼は「だけどは駄目だって言っただろ? 」と話してから、缶ビールを渡す。
 そう聞いていつでも前向きな彼に、見習わないといけないと思う。


 例えどんな事が起こったとしても。

 彼と会って翌週の土曜に、車に乗って連れて行かれたのは、ホテルのレストランだった。


「ごちそうさまでした」


 そう笑顔で言ってから店から出ると、彼は照れくさそうに笑いながら右手を振った。
 そして私達はそのままエレベーターの方へ歩いて行く。


 付き合ってから初めて二人で過ごすホテルの記念日に、彼の気持ちがとても嬉しかった。
 こんな事をされたのは初めてで戸惑いながら部屋に入ると、そこは最上階で大きな窓からは夜景が見えた。


「綺麗…… 」


 とソファーに座っている彼の隣に腰を下ろしながらそう伝えると、彼は笑顔で頷く。


 しばらくすると彼はスーツのポケットから小さな箱を取り出して、それを手に乗せたのだった。
 その箱の中には誕生石の付いた婚約指輪が入っていて、泣きそうになってしまう。


 確かに結婚は考えていたけれどこんなに早く指輪を受け取るなんて、予想していなかった。
 挙式を挙げる為にお互いに貯蓄をしていたけれど、その前に入籍をしたいと聞いてまた驚いた。


 突然の事でどうしていいのかわからなくなりそうだったけれど、まずは深呼吸をする。
 そして彼に視線に合わせると


「話してなかった事があるの」


 と切り出した。今までいつ話そうかと悩んで答えが出なかったけれど、伝えるなら今だと思った。


「納得できない」


 案の定予想していた事を聞いても怯む事なく、別れたい事を強い口調で話す。
 彼の悲しい顔を見ると戸惑ってしまうけれど、それでも私の気持ちは変わらなかった。


 彼には幸せになってほしい、そう思って別れる事を決めた。
 そしてその気持ちを奮い立たせるように、彼氏が出来たと嘘を重ねていく。


 それには理由があって、私は血液の病に侵されていて余命半年と聞かされたからだった。


 だけど本当の事を伝えたら、きっと別れたくないと話すだろう。でもずっと一緒にいられないのなら、早く別れた方がいい。


 いつまでも別れる事を譲らない私に彼が言い合いを止めたのは、日付が変わってから。
 その後は彼の機転で、穏やかな時間を過ごす事が出来たのだった。


 そして翌日の夜に送ってくれた時、車内から窓を見ると粉雪が降っていた。
 その中、彼は車から出ると私をそっと抱き締めて、そして右手を頬にあてたのだった―― 。



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