第三回入賞作品
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弾突賞
時田翔さん
prankster
[ファンタジー]


 飛行機には悪戯妖精グレムリンが棲んでいるんだ……

 念願のパイロットになったばかりの俺に、いかにもな見た目の先輩パイロットは自慢の顎鬚を撫でながらそう語った。
 何でも飛行機に潜んでいるグレムリンは、フライトの最中に荷物に悪戯をしたり飛行機を落としたりするらしい。

「だから、俺たちは飴玉を一つ荷物部屋に置いておく、そうするとグレムリンは満足して荷物に悪戯をしなくなるのさ」
 良くあるオカルトの類だ、俺はその話を心の中で一笑に付した。


 数年後、多忙な日々を送りながらも俺は一人前のパイロットに成長した……はずだった。

「やばい! 遅刻だー!」
 俺はいい加減に締めたネクタイを締めなおし、上着を片手に空港ロビーを走っていた。
 空港内の客が何事かと振り返っていたが、今はそれを気にかけている余裕は無い。何しろ俺がパイロットを務める貨物輸送機は既に出発準備を終え、俺が到着するのを今か今かと待ちかねているのだ。

「おい、飴玉は持ったか?」
 すれ違いざまに誰かが俺に声をかけた。ちらっと横目で見ると先輩が手を振り上げて大声を出している。こちらが急いでるというのに相変わらず口うるさい男である。
「ちゃんとありますよ!ご心配なく」
 俺は適当な返事を返しながらパイロット用の搭乗口へと飛び込む。今日は残念ながらオカルトに付き合っている余裕は無い。今から飴玉など用意していたら、俺自身が飴玉ならぬ大目玉を荷物の依頼主からもらうことになる。

 操縦席に座った俺は、いつものように手早く計器類をチェックすると、慣れた手つきで次々とスイッチを入れていく。
 主翼に取り付けられた四つのプロペラが回りだし、そのスピードが上がっていく。
「管制、二四二号機だ、離陸許可をたのむ」
「二四二号機、滑走路クリアです。A滑走路から離陸どうぞ」
「了解した」
 ゆっくりと飛行機をA滑走路へ進める。離陸体勢を整えた俺は着陸してくる飛行機が居ないのを確認してパワースロットルを徐々に開けていった。
 荷物を満載した飛行機は最初重そうに機体を引きずっていたが、徐々に速度を増していく。
 十分速度が乗ったのを確認した俺は操縦桿を引き上げた。機首を上げた飛行機が、ふわりと空へ舞い上がる。
 良く整備された飛行機は快調そのものだ。飛行機を十分な高度まで上げて、操縦をオートパイロットに切り替える。俺は一息つくと眼前一杯に広がる青空の向こうへと視線を投げた。


「ん? なんだ?」
 しばしの時間の後、俺はその異常に気が付いた。
 オートパイロットによって一定の高度を保っているはずの高度計が不規則に振れているのだ。
 乱気流にでも巻き込まれたのかとも思ったが、それにしては機体の上下感が感じられない。
 何が起こったのか状況を把握しようとしていた俺の思考に、けたたましい警告音が割り込んできた。
「やばい、この音は……」
 コンソールに素早く目を走らせる、予想通りだ。警告灯はプロペラの一つに異常が発生したことを知らせていた。
「管制塔! 応答してくれ! プロペラに異常が発生した! おい、管制塔!」
 無線機に向かって怒鳴るように叫んでみても、戻ってくるのは不定期な雑音だけで、管制塔からの応答は無い。その間にも、異常は加速度的に進行していった。
 速度計、風速計、温度計に至るまで、すでにまともに機能している計器は一つも無いように見える。警告灯も、こんな時で無ければ、これほどたくさん付いていたのかと感心するほどに点灯している。
 俺の頭の中に、墜落、事故、といった縁起でもない単語がよぎる。なんとかしなければと思うものの、焦りで思考がうまくまとまらない。

 あてもなくコンソールを見渡した俺の視界の端に、そいつは立っていた。

 離陸の時には居なかったはずのそいつは、ネズミくらいの大きさだったが、今まで見たどんな小動物とも似ていない実に奇妙な姿をしていた。
 全身真っ黒で捻じ曲がった鼻先は、童話に出てくる子悪魔か何かを思わせる。細くて長い足でコンソールの上に立ち、同じく細長い腕をまるで指揮者か何かのように振っているのだ。
「おい! そこのお前! 今すぐ止めろ、死にたいのか!」
 なぜそう思ったのかは、わからない。この突然のトラブルが、そいつの仕業だと直感した俺は力一杯叫んだ。
 呼ばれたそいつは驚いたように赤い目を真ん丸くして、こちらを見る。同時に両腕の動きが止まると、嘘の様に飛行機のトラブルが収まった。
「なんだお前、オレが見えるのか?」
 そいつが、しゃがれた声でそう尋ねてきた。

「これでも視力には自信がある方なんだが」
 相手が喋れることに驚きつつも、俺はそう答える。すぐそこに居るにも関わらず、おかしな事を聞くやつだ。
「いや、そうじゃない。オレの姿が見えるなんて、大した霊感だなと思ってな」
 どうも、こいつは普通の人間には見えないものらしい。それが見えることに軽い感動を覚えたが、今はそれどころでは無い。
「さっきのは、お前の仕業だろう? なんで飛行機を落とそうとするんだ、本当に落ちたらお前だってただじゃ済まないだろ」
「お前、パイロットのくせにグレムリンの話を聞いた事が無いのか?」
「お前がそのグレムリンだってのか?」
「そうさ、人間どもに悪戯妖精なんて言いがかりをつけられてるグレムリンさ」
 グレムリンと名乗るそいつは、コンソールの上に胡坐をかいて座ると自嘲気味にそういった。

 俺はそこでようやく理解した。こいつは俺が飴玉を用意しなかったのに怒って飛行機を落とそうとしたらしい。それにしても本当にこんなのが居るとは驚きだ。
「飴玉を忘れたくらいで飛行機を落としてたら、そりゃ悪戯妖精とも呼ばれるだろ」
「飴玉くらいだって?」
 何気なく俺が言った一言にグレムリンの赤い目が怒気をはらんで釣りあがった。
「お前らが忘れた恩を、それでも飴玉でチャラにしてやろうってのに、何て言い草だ!」
「わ、わかった! 悪かったよ、今は無いけど空港着いたら山ほど買ってやるから勘弁してくれ」
「本当だな?」
「ああ、約束する」
 再び腕を振り上げたグレムリンは、疑り深い目をしながらそれでも腰を落とす。
 それを見て一安心した俺は、さっき引っかかった疑問をグレムリンにぶつけてみることにした。
「ところで、お前さんたちグレムリンに受けた恩って何だ?」
「それも覚えてないのか、呆れたやつだな。いいか、良く聞けよ……」

 そいつの話によると、グレムリンはその昔、知識と閃きを司る妖精だったらしい。ところが、人間がそれを忘れ自力で考え出したように振舞うので、その驕りを正すために自分たちが授けた機械に対して悪戯をするのだそうだ。

「こいつを教えてやったのも、このオレさ。確かライト兄弟とか言ったか」
 グレムリンは、自分の座っているコンソールを軽く叩いて見せた。
「そんなの俺が生まれる前の話じゃねえか、覚えてるわけ無いだろう」
 ライト兄弟が飛行機を発明した時代なんて、俺の爺さんくらいの話だ。
「だが、お前の言いたいことはわかるぜ、俺が飛行訓練生だった時にも、手柄だけ掻っ攫って行く嫌な奴が居てなぁ」
 うんうんと頷きながら同情する俺に、グレムリンは、きょとんとした視線を向けていた。
「お前、面白いやつだな」
 グレムリンが興味をそそられたように、座ったまま身を乗り出した。

 着陸の空港が近いことを示す電子音鳴った。話し込んでいた俺とグレムリンは、その音で我に返る。
「おっと時間だ、オレは消えるぜ、じゃあな」
 グレムリンが立ち上がった。
「飴玉はいらないのか?」
「久しぶりに楽しかったからな。その代わり次は忘れんじゃねえぞ」
 俺の目の前でグレムリンは、ふっと消えた。グレムリンの声だけが操縦室に響く。
 こうして奇妙なフライトは幕を閉じた。
 貨物室の荷物はグレムリンの悪戯ですっかり荒されており、依頼主から延々説教を聞かされるはめになったが、墜落するのに比べれば些細なことだ。

 二日後、俺は再び荷物を積んで帰りの飛行機の中に居た。今回は遅刻もせず、余裕を持って飛行機を飛ばしている。
 と、そこへグレムリンが再び姿を現した。
「てめぇ、また飴玉忘れやがったな! 今度は勘弁しねえぞ!」
 グレムリンはえらい剣幕で俺に詰め寄った。
「まあ待てよ、飴玉ならちゃんとあるぜ、ほら」
 俺はポケットに手を突っ込むと、そこから取り出した手をグレムリンの前で広げてみせる。そこには赤や黄色の溢れんばかりの飴玉が乗せられていた。
 グレムリンが、それを呆気に取られた顔で眺めている。
「山ほどって約束だったろ? それにな……」
 俺はグレムリンに向かって、にやりと笑ってみせた。
「前のフライトのせいで、一人で居るのが退屈になっちまったんだよ。こいつは全部やるから話相手になってくれよ」
 グレムリンは、最初何を言われたのかわからないような顔をしていたが、やがて観念したように俺の手から飴玉を一つ取り上げると、にやりと笑った。
「お前の物好きには呆れたよ、どんな話が聞きたいんだ?」
 グレムリンがコンソールの上に胡坐をかいた。
 一人と一匹を乗せた飛行機は、どこまでも続く青い空へと飛び去っていった。

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