5/6ページ目 桜賞 ちぃさん 拝啓、桜の君へ [日常ファンタジー] 学校のどこかにある桜の木にいる妖精という噂を、私は1つ年上の先輩から聞いた。 いつも決まって窓際の座席に座る先輩は、同じように窓際の席を定位置とする私にこう言ってきたのだ。 「狂い咲きの桜の妖精の噂、知ってる?」 他の学校同様、この高校にも至るところに桜の木が植えられている。その中に1本だけ、狂い咲きの桜がある。狂い咲きなのは、その木に宿る妖精が、気紛れに花を咲かせるからだ。 まぁ、その妖精が見えるのは限られた人だけらしいけどね。 先輩はそう言って笑っていた。 * * * 今私は、校内にたくさんある桜の木のうち、ここ図書室の裏にある木の前にいた。 1本だけぽつんと立っている木。当たり前だが、5月になった今花は散り、鮮やかな緑の葉が風に揺られ、かさかさと軽い音を立てている。 その桜の木を、私はただぼんやりと見上げていた。 先輩の話を聞いているときは心のどこかでわくわくした気持ちもあったが、よくよく考えてみたら妖精やら何やらって、学校の七不思議のやつみたい。 「…本当にいるのかな」 妖精なんて、と花の散った枝先を見ながら、小さくつぶやいた。 「…呼んだ?」 え? つぶやきに答えが返ってきた。 くるりと後ろを振り返るとそこには、見覚えのない男の子が、穏やかな笑みをたたえて立っていた。 「え、…呼んだって?」 「あり?違うの?」 何だー、と言うその声は、別段残念がっている様子でもなかった。彼は、私の上履きを見たのか1年生?と聞いてきた。 「はい、えっと名前は…」 「あー、いいよ興味ないから。あんただって、俺の名前なんて興味ないでしょ?」 遮られてぺらぺらとまくしたてられる。 いや、興味ないと言えばそれは事実だけど、それ言っちゃうのはどうなの? 口をぽかんと開けている私に近寄ると、彼はしげしげと顔を覗き込んだ。あ、結構背高い。 「ふーん。この代はあんたなんだね」 「…へ、」 意味深な台詞を1つはくと、彼はひょい、と頭を上げた。 「ま、いいや。俺、1週間はここにいるからまた来たら?」 「は?」 「誰かから聞いたんだろ?狂い咲きの桜の妖精の話」 「…え」 「俺がその妖精さん、なんつって」 言葉の意味が1つも理解できない。 緑の葉を茂らす木の前で、自称桜の妖精はそう言った。 自称桜の妖精を、私はそのまま桜と呼ぶことにした。だって名前がないと呼べないから。 桜は最初、捻りがなさすぎるとか言っていたけど、2日も経つと、慣れたのか普通に返事をしてきた。 妖精を自称するだけあって、桜は学校の様々なことに詳しかった。 新しくできた中庭に、人気の告白スポット、先生の昔の笑い話。桜の木の下に座り込んで話す彼の姿は、どう見ても私と同じくらいなのに、なぜこんなにも色々知っているんだろう。 桜は、口下手な私のつたない話にも笑ってつきあってくれた。いつしか、話上手でよく笑う桜に、私は親しみの感情を持っていたのだ。 * * * 崩れたのは6日目。 いつものように桜の木に向かった私が見たのは、いつもと少しだけ違う光景だった。 「…桜?枝に座っちゃ危ないよ」 いつもは幹に寄りかかるように立って私を待っていた桜は、太い枝の付け根に座っていた。 桜は私の姿を認識したのか、その表情を歪ませた。 「桜?」 「なぁ、あんた、6日前に俺が言ったこと覚えてる?」 頭上から降ってくる声に、私は静かに頷いた。 「じゃあ、どれだけ信じてる?」 なぁ、俺、1つも嘘ついてないんだ。 そう言ってうつむく桜は、さっきよりもっと切なげだった。 やっぱりそうだったんだ。 「…じゃあ、狂い咲きの桜ってこの木なのね」 「今年はね。毎年、俺の気紛れで変わるから」 桜は言った。自分が来るのは1週間だと。わかっていた。明日で1週間だと。 わかってしまった。明日でお別れだと。 「俺を見つけたのは、ここ数年だとあんただけだったよ」 「…」 「あんたと話すの、結構楽しかった」 「…ありがとう」 「…明日また、この木、見に来いよ」 そう言って離れた場所で笑う桜に、私ははたして、笑えていただろうか。 * * * 最後の日は、柔らかい陽の射す暖かい1日だった。 直接行くことはできなくて、代わりに私はその木がよく見える図書室へと向かった。定位置の窓際の席から見えたのは。 「桜…」 散ったはずの桃色の花。ひらひらと舞い散る、花。動けない。 たった1週間だけど言葉を交わした、彼の花。 「…演出くっさ…」 笑うことしかできない。現実と幻想が交差する。 「…私の名前、教えてないや」 次また会えたら、今度こそ名前を教えてあげよう。 きっと彼は本物の桜の妖精。季節外れに花を咲かす、変り者。 そして私の大切な友達。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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