6/6ページ目 名駅賞 わっさんさん 死にゆく君に安らぎを [ファンタジー] 世界は残酷だ。生きとし生けるものに、予告のない死を与える。しかも、病などの、どこにも恨みをぶつけようのない方法を取ることが少なくない。私は、彷徨う魂を導くために神に創られた存在だが、長き時の中で思った。 とある病院に、一人の少女がいた。末期のガンだった。体の至る部位に転移しており、余命は幾許だった。治療のために、金の髪は抜け落ち、何度となく一日を吐き気とともに過ごしてきた。 「アイリーンちゃん」 私が病室を訪れると、パァっと顔が明るくなり、ニッコリと笑う。どんなに辛い時でも、天使の笑みを浮かべて見せた。 「スィードさん!」 青い瞳を煌めかせ、寝ていた上体を起こした。 「ほら、寝てなきゃ」 彼女を優しく諌めると、はぁいと言ってベッドに体を埋め直した。本当は、起き上がるのも辛いだろうに……。 「今日は、調子いいの。吐き気も少なくて、痛みもないの」 「そうか。それはよかったね」 アイリーンは作り笑顔を見せた。私は、胸の痛みを堪えながら、同じように笑った。 アイリーンには、家族がいない。幼い頃、この地域で起きた震災で失っている。震災の被害はさほど大きなものではなかったのだが、彼女の家は明らかな手抜きがあり、おからのように脆く崩れやすかった。両親と兄は、天井や壁が降り注ぐ中で、押し潰された。周囲の耐震基準を満たしていた家屋は倒壊しなかった。それが当たり前のはずだった。他に家具や照明で怪我した人こそいたが、倒壊した家に殺された人は彼らを除いていなかった。唯一、両親に守られ生き残った彼女は、施設に預けられ、今は面会謝絶の病室のベッドで寝ている。 身上を知ってなお、涙ぐまずにいられなかった。なぜ若い彼女が、ガンによってこの世を去らねばならないのだ。 「神様は、私を家族の元に連れてってくれようとしているのね。きっと」 アイリーンは、以前私が言ったことにそう答えた。そうであるならば、私は神が憎い。彼女ほど純粋な子から、どうして家族を引き離したのか。 彼女が末期の、助からない状態になってから、私は彼女の病室を訪れ始めた。それ以前は、役目を果たす傍ら彼女を遠くから見ていた。初めて訪れたとき、私は遠い親戚であると嘘をついた。今でもアイリーンは嘘を信じているようだ。本当は、干渉は許されないが、禁忌を犯してでもそうしたかった。 それももう、今日で終わる。私が導く予定の魂は、彼女なのだ。つまり、アイリーンは今日死ぬ。私は死後の魂を連れていかなくてはならないのだ。 「……私、もうすぐ家族に会うの」 「えっ?」 突然の言葉に、耳を疑った。 「今日か明日が、私の余命が無くなる予定の日なの。だから、もうすぐなの」 「……」 何も言えなかった。普通なら、明るい言葉の一つも掛けられた。ところが、事実を知る以上、それすら出来なかった。 「怖くない。むしろ、楽しみ。お父さんやお母さん、お兄ちゃんがどんな人なのか、やっと分かるのだもの。怖くない……」 悲しいのも、恐ろしいのも、分かっている。それらを隠そうとする様が、私の胸を張り裂けんばかりにしていく。 「ねぇ、スィードさん」 「何?」 「私を、もう、連れて行って」 何を言われたか、理解が遅れた。 「私の遠い親戚なんて、嘘っぱちなんて、知ってるの。スィードさんは死神なのよね」 「!!」 バレていた。 「何で……」 「ずうっと前から、私を見ていたの、気付いていたの。昔から、幽霊とか見えてたから、スィードさんのこともずっと……。ここに来てくれたときも、すぐに分かった。同じ感じがしたの。遠くから見守ってくれていた時と。それで、もうすぐ死ぬんだって思った。でもね、不思議と怖くなかった。だって、スィードさんだったから。他の死神さんなら、泣いていたかも」 彼女の告白に、ごまかしは利かないことを知って、私は 「そのとおりだよ。私は、死神だ」 正直に答えた。 「君の、アイリーンちゃんの魂を連れて行く役目を預かっている」 「やっぱり。思った通りだった。それで…いつ、私は死ぬの?」 「今日、日没とともに」 死の宣告を聞いて、アイリーンは、 「……もう、時間がないのね……」 外を眺めて、弱々しく言葉を紡いだ。ショックだったに違いない。 「……スィードさん、もう いいよ。私の魂を、持って行って。苦しみながら、死にたくないの」 「……」 「お願い」 青い瞳も、ピンクの唇も、私に訴えかける。悲しみを感じるように創られなかったのに、悲しいと思うのはなぜだろう。今更ながら思う。 「……分かった。君が望むなら、そうしよう」 「うん」 背丈と同じ鎌をどこからともなく取り出して、私は構えた。 「でも、ちょっと待って」 真白い手のひらを向けた。 「私ね、一つだけ、して欲しいことがあるの」 「して欲しいこと?」 「うん。キス、して欲しいの。おやすみのキス。私、両親にして貰った記憶、ないから。代わりに、して欲しいの、最後に」 何とも、愛らしい願いだ。これまで見守ってきた私が、親の代わりを務めるなんて、思わなかった。 「いいよ。アイリーン、おやすみ」 「おやすみなさい」 目を閉じた彼女の額に軽く口づけし、この世との繋がりを断った。肉体から魂は離れ、私は彼女の手を引きながら、天高くへと誘うのだった。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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