第四回入賞作品
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MOON WALKER 29pt.


夜蛛コウさん�
[ミステリー]

 私は、気がついたら陽だまりの中の小さなベッドに座っていて、目の前には薄汚れた冷たい窓があった。白い壁を切り抜いたそのキャンバスには、灰色の景色がずっと向こうまで広がっている。

 色彩を感じられる人が羨ましかった。私が生まれ変わって世界を眺めた時、それはどんな色を見せてくれるのだろうか。そう考えると、少しだけ悲しくなる。
 この先の未来、私には、世界を見続けることができるのか。それが確約されていない不安は、あまりにも残酷だ。

 私の存在する空間には、白と黒以外の物は何もない。手元にある小説に飽きたら、白に囲まれて、一日中、灰色をした窓の外を直向きに眺めているだけだ。いつか現れるであろう、三千の色彩を想像しながら。


「おい、円香。どうしたんだ、暗い顔して」

「何でもないです。本当に」

「いい加減、私に敬語使うのやめてくれないか? 何年の付き合いだと思ってるんだ君は」

「え? ああ、えーと……。ごめんなさい」

「いや、だからだな……」


 呆れたような顔で、間宮さんは微笑んだ。
 毎日、彼女は私の病室に足を運んでくれる。彼女が来ると、少しだけ世界が弾む。日が暮れるまでの、ほんの一時。私にとっては、学校帰りの彼女が寄ってくれるこの時間が何よりの楽しみだ。それでも、まだ彼女に心を開けていない私がいる。

 彼女に触れる度、その極彩色の瞳に憧れて、羨ましくて、いつも、私は絶望的な劣等感に苛まれていた。彼女に触れるこの白い指先が、時に冷たく深く、私の心に突き刺さる。


「あ、この本返しますね、読んじゃいましたから」

「もう読んだのか。じゃあ明日、また新しいの持って来るよ」

「あ、うん。ありがとうございます」

「そう言えば、次の手術っていつなんだー?」

「その……、まだ分かりません」

「ふむ……。そうだ。君が退院したら、行きたいところがあるんだよ」

「それって?」

「まだ決めてない」

「え?」

「何となくだ。何となく」

「何となく……、ですか?」

「そういう人間なんだ。私」


 わざとらしく、間宮さんは照れ笑いを浮かべた。私も彼女に調子を合わせて笑顔になる。

 その浮遊感が心地良かった。

 不安も、緊張も、憂鬱も、全部包み込んでくれるような、しゃぼん玉みたいな、ふわふわの不思議な浮遊感。彼女の傍にいると、思わず笑ってしまうのは、そういうもののせいかもしれない。

 彼女が帰った後の病室。
 今日の会話を思い出して、クスッと笑って、何気なく窓の外を見る。夕陽に霞む景色の中、一人、病院をあとにする間宮さんの後ろ姿が目に留まった。その光景が切なくて、いつも私は申し訳ない気持ちになる。

 私に気がついた彼女は、笑顔で手を振ってくれるけれど、手を振り返す私が笑顔で応えられている自信はない。その後ろめたさが、私から色彩を奪っていく。夕陽が何色なのか。
 それさえ、もう忘れた。

 だから、つい私は、今日も来てくれた彼女に、こんな言葉をぶつけて仕舞ったのだろうか。


「他人が死ぬことを望んで、その他人のものを貰って、そこまでして生きたいって思うの、我が儘ですよね」

「どうしたんだ?」

「友達が言うんです。そうまでして生きたいのって……」

「……それでも生きたいと思うぞ、私なら」

「どうして?」

「私は生きてたいから。それに私が死んだら円香が悲しむじゃないか」

「うん」

「だから、私も円香に生きていてほしいよ。他人のものを貰ってでも、生きていてほしい」

「間宮さん……」

「円香がいなくなったら、私は悲しいから」

「ありがとう……」

「私の方が我が儘かもしれないな。すまない。結局、私は……」

「そんなことない……」


 急に泣き出してしまった私を、間宮さんは優しく抱きしめてくれた。でも、そうしてくれたのは、彼女も泣いていたからだと思う。そういう人だから。

 あたたかくて。
 やさしくて……。

 彼女のブラウスは太陽の匂いがする。久しぶりに嗅いだ、懐かしいこの匂いと、彼女の体温が嬉しかった。


「なあ、円香」

「……何?」

「退院したら何したい?」

「んー……。夕立の中を全力疾走、かな」

「変な奴だな」

「い、いいじゃないかっ! 京子も付き合ってもらうからね!」

「約束するよ、円香」

「ありがとう」


 叶わないのは理解している。時間が無いことも理解している。

 けれど……。
 夢を見るのは、我が儘ですか?





 Moon Walker
 自称シャーロック・ホームズの回想録





 萎れた花を取り、新しい花を供える。この行事も毎年恒例になってしまった。線香に火を燈して、手を合わせる。

 生きていれば、君は何をしてるいるのだろうな。そういえば、医者になりたい、と言っていたか。自分と同じ様な人たちに夢を与えたいって……。
 もし、君の夢が叶っていれば、本当にシャーロック・ホームズだったのにな。

 私は来月からロンドンだ。
 頑張ってくる。
 君の分まで世界を見て――


「また帰って来るよ。ワトソン君」
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