第五回入賞作品
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オニオセコヒウタ


弓月いつかさん�
[非日常・ヤンデレ・北原白秋]

 ごんしゃん、ごんしゃん、どこへゆく
 あかいおはかのひがんばな
 ひがんばな
 けふもたおりにきたわいな

 私は昔、神隠しというものにあったことがある。
 毎年帰省する父の実家での出来事で、まる二日ばかり姿を消した。
 発見されたとき私は血だらけで、里中が大騒ぎだったらしい。

 あれから七年経つ。
 久しぶりに踏む未舗装の道路の感触と全身に纏わり付く蝉時雨に懐かしくなって、私は田舎の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 ちりん、ちりりん。どこかの家で風鈴が鳴っている。
 私は逃げ水を追って歩く。サンダルに土埃が入り込んで、足裏のざらつく感触がきゅんと胸を締め付けた。
 むせ返るような草いきれ。濃く短く落ちる影。朝顔と時計草の絡んだ垣根を曲がると、彼方には得意げにそそり立つ積乱雲。一つ一つを丁寧に思い出しながら、かつての道を辿る。
 陽炎の揺らめく道を曲がり、少し急な石段を数えて登る。
 ひふみよいむな。
 登り終えた先の鳥居は朱も剥げたまま、あの頃と変わらぬ佇まいでそこにあった。正面には小さなお社、少し外れて無人の社務所。
 お社の裏手は乱雑に伸びた草でわかりにくいけれど、裏山へ続く細道がまだ残っていた。道の入口には紙垂の下がった細い縄が妖しく揺れていた。
 これが扉。あちらとこちらを隔てるもの。
 それをくぐり抜けると、一瞬にして空気が変わった。
 錯覚かもしれない。けれど確かに私の何かが覚醒していくのを感じた。
 白と赤の彼岸花が道標となって私を導く。
 通りゃんせ、通りゃんせ。

 やがて私は川に出た。
 冷たい湿気を纏った空気が汗ばんだ肌に心地好い。
 この河原でいつもあの子と遊んでいたのを思い出す。魚を捕まえたり、葉っぱの舟を流したり。よくある田舎遊びだ。
 けれどあの日を最後に、私はあの子に会いに来るのをやめた。
 喧嘩をしたわけじゃない。でももうこれまでのように接することは出来ないとわかった。


「なんで来た」
 背後から低くぶっきらぼうな言葉。あの子だ。
「歩いて」
 わざととぼけて振り返る。その先には赤銅色に日焼けした男性が立っていた。
「そういう意味じゃない」
「うん知ってる。相変わらずキミは冗談が通じないね」
 彼の眉間に皺が寄る。
「俺はもう来るなと言ったぞ」
「覚えてる。でも会いたかったから」
「なんでだよ。俺がしたこと忘れたわけじゃないだろう」
「それも覚えてる」

 忘れられるはずがない。あの時、人ならざるものへ変貌していく彼を私はただ呆然と見ていた。衝動に任せて振り下ろされた爪と紅く染まっていく彼岸花。鉄錆の匂いの記憶は朽ちることなく私の中にある。
 誰にも話したことはない、七年前の神隠しの真相だ。
 あの事件を境に私たちはお互いが異質な存在であることを知った。現世と常世、狩る者と狩られる者、生きる世界も常識も全く違う二人が友達で居られたのは、他者との境界が曖昧な子供だったからに他ならない。そう、子供のままでいたなら何も変化しなかっただろう。
 けれど私たちは移ろい大人へと育っていく。望むと望まざるとに関わらず。

「バカだな、お前」
「失礼ね。これでも私、成績は悪くないんだよ」
「そういう意味じゃない」
「うん、知ってる」
 彼は深い溜息とともに頭を抱えて川原の岩に腰を下ろした。私も倣って隣に座る。
「お前は俺が怖くないのか」
「怖かったら今こうしてここに居ないでしょ。でも……うん、あの時は怖かったしびっくりした」
「悪かったな」
「いいよ。でもどうしてあんな事したの?」
「それは、俺が……」
「人間じゃない、から?」
 言葉の先を奪うと彼は驚いたようだった。
「色々と調べたの。郷土史とか民間伝承とかでね」

 私はこの地に根差す伝承をそれこそ貪るように調べた。学校では変わり者と、家では将来は民俗学者だななんて笑われたりして、自分でも理解し難い衝動に突き動かされていた。でも冷静に考えればそれも当然。だって私は本当に憑かれているんだもの、彼という存在に。
 あの時、私は殺されるはずだった。けれど彼は急に背を向けて姿を消した。もう二度と来るなと別離の言葉だけ残して。

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