第五回入賞作品
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「違います。」
「そうよ。」
「僕は貴女を見ています。」
「だって――。」
 言葉を続けようとして、彼女は口を閉じた。
 だって何なのだろう。
 とても気になる。
「だって?」
 彼女は溜息を吐いた。
 深く深く。
 そうして俯いた時に、はらりと太陽の光のような金の髪が一房零れる。
「もう貴方には期待しないわ。」
 それは何て無慈悲で残虐な言葉なのだろう。
 僕は地面がぐらつくような衝撃を受ける。
「私、好きな人がいるの。だからサーカスを辞めたいの。バーで稼いで、その人と二人で暮らしたいの。」
 彼女の口から出てくる衝撃の事実。
 聞きたくない。
 知りたくなかった。
「それは……。誰、ですか?」
 僕が懸命に尽くした歌姫。
 愛とか恋を全て詰めて。
「教えてほしい?」
「はい。」
「教えてなんかあげない。」
 彼女は笑った。
 その笑みはとても冷たくて。
 僕の頭は真っ白になる。
「自分で考えなさい。」
 満足そうにキャンディを彼女は口の中に放り込む。
 赤い赤いキャンディ。

 僕もキャンディだったらいいのに。
 叶わない恋に身を焦がすより、彼女の口に入って、舐められて、溶けて、彼女の一部になった方がいいに決まっている。
 しかも甘いその味で彼女を幸せにできる。
 僕もキャンディだったらいいのに。

 その日、僕はどうやって彼女と別れたか覚えていない。



「私は明日引退するわ。」
 唐突に彼女は言った。
 いつものわがままとは違うようだ。
「団長にも許可は取ってあるの。」
「どうして……。」
「それくらい自分で考えなさい。」
 ぴしゃりと言い放つ彼女。
「それから貴方も解雇にするように言ったわ。」
「え?」
 あまりの展開に、僕の頭は破裂寸前だった。
 彼女はサーカスを引退して、僕はサーカスを解雇。
 恋も職も失って、僕は明日からどうすればいいのだろう。
「職を失って野垂れ死ぬしかない貴方にチャンスをあげる。」
 彼女は椅子に腰掛ける。
 僕が三日間、はいずり回って探し出した椅子だ。
 何回も気に入らない、と言われ、何回か命の危機に陥った。
「私の欲しい言葉を言ってちょうだい。」
「それは……?」
「ヒントはなしよ。」
 ヒントもなしに正解なんて導き出せるのだろうか。
 それは不可能にしか思うことができない。
「でもね、正解できたら愛してあげる。私の稼ぎで食べさせてあげるし、一緒に住まわせてあげる。」
 もしかして、それは――。
 僕は動悸が激しくなるのを感じた。
 これは、僕の勘違いだろうか。
 こんな僕にとって都合のいいことが起きるなんて。
 勘違いか奇跡としか思えない。
 願わくば、これが奇跡であることを祈る。
「好きです。」
「――。」
「貴女のことがずっとずっと好きでした。歌だけじゃなくて、全部。貴女のわがままも嬉しかったし、できればこれからも貴女の側にいたいです。」
 彼女はにっこりと微笑んだ。
 それはとても温かい微笑みで。
 どんな名画と比べても、劣ることのないくらい素敵な笑みだった。

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