第五回入賞作品
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「私を見逃してくれたんだよね。どうして?」
 彼は視線を落として重い口を開く。
「本気で怖がって、泣いてたから」
「そっか。……傷つけちゃったね、ごめん」
「お前の方が謝るって、何かおかしくないか」
「そうかな。んーそうかも?」
「はっ、変な奴」
 唇を歪めて彼は笑った。懐かしさに胸が締め付けられる。
「解ったらさっさと帰れ。俺が衝動を抑えられるうちに帰れ」
「また泣いたら許してくれる?」
 すると彼の顔から表情が消えた。ただ瞳の奥に小さな苛立ちが生まれているのが見える。
「無理だ」抑揚の無い声。「俺たちはもうガキじゃないし、そもそも異なるモノだ。あの時はまだ俺がハンパだったからお前が助かったに過ぎない。運が良かっただけなんだよ。次はない」
「いいよ、それでいい。私は帰らない」
「は?」
 理解できないといった彼の声音。
「話聞いてなかったのか。今度こそ俺はお前をやっちまうかもしれないんだぞ」
「わかってる。だからそれでもいいよって言ってるの」
 彼の精悍な顔が困惑に彩られていた。今でもそんな顔ができるのだと、私を手にかけることを躊躇ってくれるのだと思うと、彼には悪いが少し嬉しい。
「なんでだよ」
 呻くように搾り出した言葉には苦悩が滲んでいた。
「なんでそこまで俺にこだわるんだよ、人間のくせに」
「野暮。女の子にそこまで言わせるつもり?」
「……バカだ。ありえねえ、ふざけんのも大概にしろよクソが」
 人の精一杯の告白をバカだのクソだの言わないでほしい。こっちだってノリや冗談で言ってるわけじゃないんだから。
 思わず反論したくなるのをぐっとこらえて、私は彼の次の言葉を待った。

 いつの間にかうるさいくらいだった蝉時雨が止んでいた。じっとり冷たく湿った重圧に押し潰されそうな錯覚に陥る。
 やがて口を開いた彼の声は微かに震えていた。
「俺はお前が望むようなものを何も返してやれない。人間とは根本から違うんだよ」
 そんなのは承知の上だ。
 彼は羅刹。平たく『オニ』って言ってもいいけど、要するに人間に害をなすものだ。理解しあうことは勿論、結ばれることなんて有り得ない。
 互いに慈しんだり触れ合って安らいだりすることなどない。彼らにとっての愛することとは破壊と同義なのだ。
 当時、私たちは互いに恋心を抱いていた。私は人間として、彼は羅刹として。そして慣れない感情の行き着いた先があの神隠し事件だったというわけだ。
 その事を知ったとき、私は七年前の彼の行動の理由を理解した。恐ろしい鉄錆の記憶が甘く切ないものへと変わった。
「私の望みなんて大したものじゃないよ。この身が朽ちてもキミの中に私という存在が残るなら、例え魂が那由他の果てにあっても幸せ」
「意味わかんねえ。お前はそれでいいのかよ」
「いいんだよ。知ってる? 恋なんてエゴイズムのぶつかり合いなんだってさ。人間同士だってそうなんだもの。私たちがお互いに自分の欲求をぶつけ合ったって構わないでしょ」
「何だか詭弁くさいな」
「茶化さない。私はキミの全部を受け入れたいの。衝動も思い出も。それが叶うなら私は何も怖くないし、もう泣いたりしないよ」
 理解なんて要らない。彼なりのやり方で愛してくれさえすればいい。こちらなど顧みずに一方的に衝動を吐き出せばいい。それによって彼が満たされるのなら、その痛みは甘露となって私も潤し満たすことだろう。
 そのかわり、こちらも彼の躊躇いなんて顧みない。湿っぽい感傷など羅刹には不要、彼を煩わすだけだから。

 いつしか陽は傾いて辺りを朱に染めていた。
「ここ、昔は白いやつばかりだったよね」
「そういや曼珠沙華は赤い方が好きだって言ってたな」
「覚えててくれたんだ。嬉しいな」
 足元の白い彼岸花も鮮やかな紅に変わっていく。紅白って何だかおめでたい。これで玉串持った水先案内人がいたり、三々九度でもしたら雰囲気も盛り上がるんだろうけど。
 もとより祝福なんて望むべくもない。だから、お祝いは黒の水引で。

 ごんしゃん、ごんしゃん、なんぼんか
 ちにはしちほん、ちのやうに
 ちのやうに
 ちやうど、あのこのとしのかず

 ごんしゃん、ごんしゃん、なしなくろ
 いつまでとつても、ひがんばな
 ひがんばな、
 こわやあかしや、まだななつ

 恐や恋しや、オニオセ恋唄。
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