第二回入賞作品
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三位
高野桜さん
sheriffの女
[近未来/SF/ガンアクション]


「格好いいなー」
 西暦2210年。ネオ・オオサカシティのとある本屋。
 そこに雑誌を開く一人の女性がいた。
 肩まで伸ばした黒髪のサイドをヘアピンでとめ、上は袖のない茶色のジャケット。彼女に周囲の人の視線が集まる理由は、ジーンズ生地のミニスカートから覗くチャップスといわれる物だった。
 彼女は人々の視線をものともせず、ひたすら雑誌のページをめくる。
「デザートイーグル。当時のハンドガンでは最強の弾薬、50AE弾を使用可能――たんまんないわ」
 頬を赤らめ、瞼を閉じてうっとりしていると、不意に肩を叩かれた。少々ふて腐りながら後方を振り向くと、彼女がよく知る人物が立っていた。
「うら若き乙女がグンなんて雑誌読んどったら色気の欠片もないで」
「余計なお世話よヒロ。それにこの雑誌はグンじゃなくてGUN’S(ガンズ)ですから」
 言い終えるや、彼女は再び雑誌に視線を落とす。
 やれやれといった感じで肩を竦めたヒロは、用件を思い出し真剣な面持ちになる。
「そうや! レン」
 ヒロは彼女――レンの耳元に口を近づけ声を潜めた。
「レン、事件や。ジャパニーズマフィアに潜入していた捜査官が武器密輸の情報を掴んだ。今晩踏み込むで」
 レンは開いていた雑誌をぱたんと閉じると、真顔でヒロに向かって頷いた。


「今回踏み込む事件は?」
 助手席に座るレンは、流れる外の景色を眺めながらヒロに問い掛けた。
 映える青空とは対照的に灰色の無機質な建物が並ぶ街。それを背景に犬型ロボットを散歩させる老人、買い物に向かう介護ロボットが通り過ぎていく。
「ジャパニーズマフィアが外国のテロ組織に最新の武器を売り渡すらしいで。なんでも筋電義手や義足にビームガンを仕込んだ代物らしいわ。そんなんに仕込まれたら税関なんて楽々通過してもうて、世界中にばらまかれてまう」
 心なしか、ハンドルを握るヒロの手が震えているように思えた。
「あたし達はそれを食い止める為のシェリフでしょ?」
 そう言いながら、腰に吊したフォルスターに手を添える。
「ね、相棒」 


 オオサカ・ベイ周辺の閉鎖された工場地帯。
 夜の闇に包まれた周囲には、20世紀に稼動していたであろう、ブルドーザーやクレーン車などの重機が当時のまま放置されており、その中心には崩れかけた大きな建物が聳えていた。
 そこに轟音を立てながら一台の大型トレーラーが侵入してきた。
 トレーラーは数台の乗用車の前まで来たところでおもむろに停止した。
 そしてトレーラーの運転席から数人、荷台から数人の黒ずくめの男達が降り立ち、乗用車のほうに向かって歩きだした。
 すると、高級そうな乗用車のドアが開き、スーツ姿の男達が黒ずくめの集団を迎えるかのように車から降り立った。
「ブツはトレーラーの中か?」
 スーツの男が黒ずくめの男に確認した。
「その前に金だ」
 スーツの男が合図すると、傍らに控える別の男が、大きなアタッシュケースを開き黒ずくめの男に差し出した。
「たしかに――」
 アタッシュケースの中には大量の札束が詰められていた。
 黒ずくめの男は閉じられたケースを受け取ると、スーツの集団をトレーラーの荷台へ案内する。
 そして荷台の扉を開き、箱の中身の一つをスーツの男に手渡した。
「こいつの中には強力なビームガンが仕組まれている。筋電義手としても使用可能だ」
「素晴らしい。見た目は全く普通の義手だ」
 義手を眺めるスーツの男の口元が不敵に歪んだ。
 その時だった。
「そこまでや!」
「警察よ! 大人しく連行されなさい」
 ヒロはビームガンを構え、レンは右手にデザートイーグルを、左手に警察手帳を持ち、男達に対峙していた。
「サツか!」
 アタッシュケースを持って逃げようとする黒ずくめの男に向かって閃光が走った。
 赤い閃光はアタッシュケースの留め金に着弾する。その拍子に蓋が開き中身の札束がこぼれ落ちた。
 それを合図に黒ずくめの集団、スーツの集団とも一斉に獲物を抜く。
「レン、散るんや!」
 レンとヒロが左右に散った。
 ヒロはクレーン車の、レンはブルドーザーの物影に隠れる。
「いくよ、相棒――」
 照準を定める。
 車の助手席側のドアを盾にている男――そのドアに隠れた男の右腕に。
 漆黒の闇に白煙が上がる。
 轟音が響く。
 それは雷鳴のようだった。
 薬莢がカラリと転がる。
「グッ! バカ――な!?」
 50AE弾は車のドアを貫通し、スーツの男の右腕にめり込んでいた。
 焼けるような激痛に苦悶の呻き声が漏れる。
 再度雷鳴が轟いた。
「ぐぉ!」
 弾は運転席側のドアを貫通し、血飛沫が舞った。
「やるやないか、関東人」
 関西も負けてないで!
 バチッ、バチッと、クレーン車の装甲を閃光が掠める。
 タイミングを見計らい、身を乗り出しトリガーを引く。
 トリガーを引く度にバツン、バツンと無音の手応えが右手に伝わる。
 焼けたヒューズが大地に落ちる。
 ヒロの銃から放たれた閃光が、車のドアをわずかに焦がす。
「あほな!? デザートなんたらって骨董品のほうが威力が上ってな」
 ヒロは空になったマガジンにヒューズをセットしながら舌打ちをした。


 犯人達は着実にその数を減らしていった。もっとも、その大半はレンによるものだった。
 鉄の装甲が赤く火花を散らす。
 クソったれ――ヒロが吐き捨てる。
 ヒロが身を隠すクレーン車の装甲は、度重なるビームの着弾により、触ることさえ困難なほど熱を帯びていた。
 ここはこれ以上持たへんな。場所を変えな――そう思い、上を見てハッとした。
 上からなら直接犯人を狙うことができる!
 ヒロはクレーン車を操縦席に向かって登りだした。普段であればこのような軽率な行動は取るはずもないのだが、極度の焦りがそうさせていた。
 ネオ・トウキョウの新人に負けてたまるか!


 レンの横目からヒロの放つ閃光が途切れた。
「ヒロ!?」
 クレーン車をよじ登るヒロの元に、数人の犯人達がにじり寄る。
「なんだってあんな無茶を」
 レンが援護に飛び出そうとするのをビームの着弾が制する。
 邪魔を――閃光の先を睨みつける。
「邪魔をするなぁぁ!」
 銃口が火を噴いた。
 一発。また一発。
 刹那、一人は盾にしているドア越しに右腕を押さえ、一人は足を押さえ、大地に倒れ伏した。
 こっちは片づいた――今行くから!
 レンはクレーン車に向かって駆けだした。
 残るは五人。
 ポケットから換えのマガジンを取り出すと同時に、マガジンストッパーを解除する。
 マガジンが落ちる。
 すかさず換えのマガジンをセットし、銃を構える。
「ヒロぉぉ!」
 ひたすらトリガーを引いた。
 何度も、何度も。
 閃光が髪を、頬を掠める。
 充満する白煙。咽ぶほどの火薬の臭い――カチッ、カチッと手応えが無いことに気づき、レンは周囲を見渡した。
 クレーン車を取り囲む犯人達は倒れ、うずくまり、呻いていた。
「今頃機動隊のお出ましや」
 ヒロの声にハッとしてレンは顔を上げた。
 無事で良かった――安堵感からレンの表情が緩んだ。
 しかし、俺等で片づけた事を見計ろうたように突入してきよったと、ヒロがぼやき、肩を竦める。
 それを聞いたレンは険しい顔で踵を返した。
「レン! どこに行くんや」
「野暮用よ」


 レンは署長室と書かれたドアを無造作に開けて中に入った。
「ノックも無しとはな」
 デスクに手を置き、豪勢なイスに腰掛けた小太りの壮年は皮肉を続けた。
「ネオ・トウキョウから派遣されてきた君が、私の近辺をかぎ回っていることは知っていたよ。まさかあの現場から生きて帰るとはな」
「あたしとヒロの二人で組織されたシェリフ。遅すぎる機動隊。あたしとヒロを現場に向かわせてあわよくば殉職。全て貴方の筋書きですね」
「ふふふ、そうだ。密輸に目を瞑っていれば大金が舞い込んでくるんだよ! 少々予定が狂ったが君には――」
 署長はデスクの引き出しを探る。
「死んでもらう!」
 署長室に轟音が木霊した。
 手にしたばかりのビームガンが床に落ちる。
 デザートイーグルの銃口からは、煙がくねっていた。
「ま、待ってくれ」
 許しを請うかのように両手を振る署長。その口元が怪しく歪んだ瞬間、署長の右腕を閃光が貫いた。
「義手!?」
 大破した義手から覗く黒い銃口――万策尽き、署長は首をうな垂れた。
「レンちゃーん、抜け駆けはあかんで」
 ヒロは俺等シェリフやさかいなと続け、レンにウィンクをした。


「23時40分、収賄容疑で逮捕」
 冷たい手錠が署長の左手にかかる。
「レンがそんな任務でここに派遣されたなんて知らんかったわ」
 レンはただ黙していた。
「で、どないすんねん。任務が終わったら帰るんか?」
 レンは悲しげに視線を落とす。それで全てを悟ったヒロは笑顔をつくった。
「また帰って来いや」
 誤解すんな、俺等はシェリフやからと、言い訳を続けるヒロだったが、レンはその気持ちを嬉しく思った。
「うん、約束する。それまでこれ預かっていて」
 レンの相棒――デザートイーグル。
 レンの銃は大きく、重かった。
 銃を受け取ったヒロは、レンの姿が見えなくなるまでその背中を見送った。
 また必ず会える――そう信じて。


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