第二回入賞作品
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弾突賞
時田翔さん
ピグマリオン
[SFっぽいなにか]


 絶頂期を過ぎ、もはや斜陽と思われていたゲーム業界は、久々の熱狂に包まれていた。

 ファイブスターズ社という新規参入メーカーが発売したゲームは、宣伝媒体が殆どネットと口コミという地味さから、当初は好事家の為の一品と思われていた。

 アルピアチェーレと名づけられたこのゲームは、容姿、年齢などをカスタマイズした女の子と箱庭的な仮想世界で自由に遊ぶという、所謂ギャルゲーと呼ばれるジャンルの物であった。
 特筆すべきはコントローラを使用する従来のゲームとは異なり、網膜投射型のモニタが搭載されたヘルメットを被るのみであるという点である。
 プレイヤーが行動やセリフを思い浮かべるとヘルメットが脳波を読み取り、ゲーム内に投影した自分のキャラクターに即座に反映される。相手の女の子はそれに対して無限とも思えるほどの豊富なリアクションを取るのである。

 ゲーマー達の間で密かなブームを起こしていたこのゲームは、追加の建物や追加シナリオなどで街を自由にデザインするというシミュレーション的な要素が追加され、これが雑誌などに取り上げられるやいなや、一般層までも巻き込んで爆発的に浸透していった。

 一年後……

 ファイブスターズ社の地下にあるコンピュータルームの前で、俺はいつものようにモニタを眺めていた。
 ここはアルピアチェーレの心臓部とも言うべき部屋である。
 俺が座っている場所から分厚いガラス一枚隔てた向こうでは、所狭しと配置された五台の自律型スパコンが唸りを上げていた。
 俺の名は谷崎俊一、今はしがないSEに身をやつしている。
 アルピアチェーレの開発は企画設計からシステム構築までの殆ど全ては俺が主軸になっている。

「やあ谷崎くん今日も精が出るな、彼女たちの様子はどうかね?」
 ノックの後に部屋へと入ってきたスーツの男は、俺にそう声をかけてきた。
 開発が終了した今となっては、俺の仕事はトラブルが出ないようにモニタを見張るという至極退屈なものなのだが、この営業部の専務には忙しいと思わせていた方が都合が良い。
「ええ、順調ですよ。蓄積したデータのおかげで全員一致が増えてきたところです」
 俺は、モニタから目を離さずにそう答えた。
 専務の言った「彼女たち」とは、ここにあるスパコンの通称である。各々一台一台に違う性格をプログラミングされたこれらは、社内でそう呼ばれていた。
「それにしても君が最初にこの企画を持ち込んで来た時は、正直何の絵空事かと思ったが、それを本当に作り上げるとはな、その根性には正直脱帽だよ」
 ゲーム内でのプレイヤーの行動はインターネットを通じてこの部屋へと送られ、それぞれのスパコンにより多数決でリアクションが決定され、ゲーム機へと返送される。
 さらに決定されたリアクションは、五台のスーパーコンピュータのデータへと蓄積されることにより徐々に均一化され、最終的には全ての性格を内包した究極の人格が出来上がるという仕組みだ。
 つまり全員一致が増えてきたということは、最も多くのユーザーが求める理想の女性像に近づいてきているということであった。

「それもこれも専務の力添えあってのことです。いくら感謝しても足りません」
 俺はモニタから視線を専務の方に移すと、心にも無いセリフを口にした。
 ちょっと持ち上げてやれば、それだけで気分を良くする。全く扱いやすい人物である。 
「あの時は、きみの熱意に押し切られたようなものだったが、今となってはそれが正解だったと言わざるを得ないな」
 俺が必要だったこの馬鹿げたシステムは、とても一個人で構築できるような代物では無く、ファイブスターズ社に目をつけたのも、その野心的な社風と資金力ゆえであった。

「ところで、社のお偉方からそろそろ続編をという要望が出ているのだが」
「それは問題ありません。あと数ヶ月も稼働させれば理想のベースが出来上がりますから、それを元に新たに性格づけを行ないます。続編の舞台となるエリアは既にバージョンアップ済みですので、そう手間はかからないでしょう」
「そうかそうか、さすがに行動が早いな、安心したよ。もうそろそろ広報部に伝えても良さそうだな」
 俺の答えに専務は満足したのだろう、用は済んだとばかりに俺に背を向けて部屋を出て行った。
 結局、奴らの考えているのは儲かるか、儲からないかしかない。金と地位が全てなのだ。
 俺にとっては唾棄すべき考え方だが、今はむしろその方が都合が良い。
 残された俺は、いつものように懐から写真を取り出し、それを見つめる。
「ああ、もうそろそろだとも……」
 そこには、楽しそうに笑う十二歳くらいの赤い服を着た女の子が写っていた。

…………

 その日、ファイブスターズ社は朝から未曾有のパニック状態に陥っていた。
 昨日の夜からアルピアチェーレが起動しないというユーザーからのクレーム電話で、業務開始と同時にいきなり回線がパンクしたのだ。
 事態に慌てた社員たちが、本社地下の谷崎の部屋で見たものは、もぬけの殻となったコンピュータルームと、データを全て抜き取られ、死んだように静まり返った五台のスーパーコンピュータであった。

「もしこのままアルピアチェーレが終了などすれば我が社は大損害だ! 草の根分けても谷崎とデータを取り戻せ!」
 営業部の専務が激昂する。

 程なくして、車で逃走していた俺は居所を特定され、今は数台のパトカーに追われている。全く、日本の警察も妙なところだけ優秀である。 
 俺の乗る車の助手席には、あの写真に写った女の子が乗っている。
 いや、この表現は正しくない。何故なら彼女はまだ、ただの人形であるからだ。
 背後にパトカーのけたたましいサイレンが響く。ようやくここまで漕ぎ着けたのだ、ここで捕まる訳には行かない。俺は目一杯アクセルを踏み込んだ。

 写真に写っていたのは、五年前まで一緒に居た俺の愛娘だ。先立たれた妻の忘れ形見でもある。
 当時、中小のゲーム開発会社に居た俺は、仕事が忙しく家を留守にしがちだったが、娘は俺の前では寂しい素振りを見せることは無かった。良くできた子だったと思う。
 家を顧みずに仕事を優先した俺は、娘の訃報を仕事場で聞くという天罰を下された。
 青信号を渡っていた娘は、暴走してきた信号無視の車にはねられた、即死だったらしい。
 変わり果てた娘の姿を目の当たりにし、自身の馬鹿さ加減と理不尽な運命を呪って一生分の涙を流しつくした俺は、ひとつの決心をした。

「一生かかってでも、娘をこの手に取り戻す」

 その日から俺は寝食を忘れ、ロボット工学に没頭した。
 数年の歳月の経て俺は娘の身体をアンドロイドとして再生する事に成功した。理系向きだった俺の頭脳にこれほど感謝したのは初めてだろう。
 だがここで大きな問題が発生した。人工知能である。
 立って歩いたり物を持ったりすることは今でも可能だが、一人の人間として行動させるには必要なパターンなどは天文学的な数字だ、とても一人でできるような物ではない。
 人手と機材その両方を一度に手に入れる手段。そのために俺が目をつけたのがネットゲームであった。
 そう、アルピアチェーレは全て我が娘のためだけに存在したのだ。
 そして、待ち望んだその成果はジュラルミンのケースに厳重に保護され、娘の膝の上に抱えられている。
 これを使えばゼロから作成するよりも遥かに短い期間で娘を再現できるに違いない。

 俺は今までに感じたことの無い高揚感に包まれながら車を飛ばした。
 タイヤが悲鳴を上げるのも構わずに強引にカーブを曲がる。
 目の前の信号が赤に代わった。しかし構うことは無い、今の俺を止められるものなど何も無いはずだ。

 と、突然、視界の左端に赤い物体が飛び込んできた。
 歩行者! 子どもだ!
 俺のほうを見た子どもの表情が恐怖に歪む、彼女の着ていた赤い服が娘と重なり、俺は反射的にハンドルを思い切り右に切っていた。
 子どもが視界から消え、代わりに正面に灰色の電柱が迫る。
 死の間際というのは時間がゆっくりと流れると言うのは本当だったらしい。驚くほどの遅さで迫り来る電柱を見ながら俺は妙に冷静な気分でそれを見ていた。
 それにしても、こんな時は今までの思い出が走馬灯のように流れると聞いていたのだが、どうやら神は俺の味方では無いようだ。残念ながら何も浮かんでこない。
「ま、あの世とやらがあるんなら、家族にはそこで会えるだろうし、慌てる事は無いな」
 懐にしまったあの写真を取り出そうと手を入れた瞬間、激しい衝撃と共に俺の意識は暗転した。


 厳重な保護が幸いしてか炎上する車からかろうじて回収することに成功したデータを元に、急遽開発チームが組まれ、ファイブスターズ社はどうにか「アルピアチェーレ2」の発売へと漕ぎ着けた。
 前作とあまり変わらないなどの芳しくない評価を受けつつも、そこそこの売上本数を挙げ、結果的に前作のクレーム賠償を補う程度の利益を社へともたらした。

 そんな中、ネット上では「アルピアチェーレ2」に関する、とある噂がまことしやかに語られていた。

「設定年齢を十二歳にして一定の条件を満たすと、父親が交通事故死したという隠しシナリオが出せるらしい」

 プログラムにも無いはずのこのシナリオが、いかなる理由で発生するのか……
 真実を知るものは誰も居ない……
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