第二回入賞作品
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名駅賞
わっさんさん
彼と私の十時間
[ファンタジー]


 私の彼氏、雅哉は先月この世を去った。三年間付き合った、私にとって初めての彼氏で、半年前から同棲し始めたばかりだった。
 本当に運が悪かった。あの日、雅哉は駅のホームから風に押されて転落し、電車がタイミングを合わせたように走り込んできた。通過する電車だった。悲鳴とどよめきの中で、目の前は真っ暗になった。たった十数秒の間に、雅哉は姿さえ遺さず、いなくなってしまった。
 家に帰っても、雅哉と同じ大きさだけ空気にポッカリと穴がある。実感が湧かない私に、キーンと高い音で耳のそばで鳴る静寂が孤独を教えてくれる。時々、フラッシュバックに悲鳴をあげてしまうこともあった。何もかもが陰鬱で気力が湧かなくなった。彼を失ったことは、あまりにも大き過ぎた。

 ある日のこと、私は一枚の紙を新聞受けの中から見つけた。
『大切な時間を取り戻しませんか。御来店お待ちしています。』
 小さな紙にそう書かれていて、地図と住所が裏に書いてあった。
「何これ……」
 それ以外に詳しいことが書かれていない。そのままクチャクチャに丸めて、ゴミ箱に叩き付けるようにして捨てた。でも、なぜか気になって拾いあげた。
 日曜日、私は紙に書かれていた住所を訪れた。自分でも理由は分からない。ただ、なぜかそこに行かなくてはいけないような気分だった。辿り着いた場所には、小さな一軒の店があった。アンティークのお店のような外観で、窓は一切ない。
 チリンチリン……
 木の扉を押すと、ドアベルの音がし、若い男性が「いらっしゃいませ」と営業スマイルで迎えた。こちらに歩み寄ると、表情はそのままに、
「当店の御利用は初めてでしょうか」
「はい」
「では、説明させていただきます」
 店内は明るく、腕時計が並んでる。
「当店では“時”を扱っています」
「“時”…時間ですか」
「はい。当店では“時”の販売と買取をさせて戴いています。購入された“時”は御自由に使うことが出来ます」
 店員は慣れた調子で説明した。
「あの……私は、死んだ彼氏に会いたいのですが…出来るのでしょうか」
 店員は少しも驚くことなく、笑みを崩さないまま言った。
「ええ。それならば、“時”をお買い上げ頂き、あなたの彼氏が死ぬ直前の時間をお売り頂ければよいです」
「そうすれば、生き返るのですか」
「正確には、死ぬ前に時間を伸ばすことで死を防ぐ、ということですね」
私の表情から、よく意味が理解できなかったのが分かったらしく、店員はこう付け加えた。
「死の直前を買い取ることでその直後にやって来る死も無くなります。つまり、生きていることになるので、時間を伸ばすことが出来ます」
「本当ですか!?」
 雅哉にまた会える。それが嬉しくてつい声は大きくなっていた。
「ただし、御購入戴いた時間が全て無くなった時、またその方は死にます」
 この言葉に、ハッと息を飲み込んだ。また、雅哉が死んでしまうのは辛い。でも、二度と雅哉に会えないのは――。
「それでも、私は買います」
「では、どれほど?」
 私は、出来るだけ長くと言った。すると、店員は真剣な顔をした。
「そうしますと、かなりお支払額が高くなってしまいます。御予算を御教え頂ければ、その中で収めますが」
「じゃあ……五十万円で買えるだけください」
 私が支払える限度はそれくらいだった。
「売って頂いた時間の分の代金を差し引いても、十時間ほどですが、よろしいでしょうか」
 十時間、あまり長い時間は買えないと思ったけれど、こんなに短いとは思ってなかった。
「はい」
 十時間でも、雅哉に会えるなら。
「有り難う御座います。では、これを」
 店員は腕時計のようなものを差し出した。
「これが残り時間を示しています」
 液晶画面には、九時間五十八分と映っていた。まだ、動いていない。
「では、楽しい一時を。有り難う御座いました」
 店員の声に送り出されながらドアベルの音を残して店を出た。
「やっと出てきた」
 店を出た途端に聞こえた聞き覚えのある声に振り返る。すると、優しい瞳が私を見ていた。
「雅哉……」
 体が震える。目から、気がつけば涙が溢れて落ちていた。人目もはばからず、抱き着いた。それに戸惑った顔をして、でもすぐに私を温かな腕の中に抱き込んだ。
「どうしたんだ、一体。何か、変なことでもされたのか」
「ううん、違う。何でもない。何でも」
「そうか」
 涙が止むまで、雅哉は優しく抱き留めてくれていた。

 「今日は、遊園地に行くんだろ。だったら、早く行かないと入場券が売切れになるぞ」
 落ち着いた私は雅哉のその言葉に、あの日のことを思い出した。雅哉が事故にあった日のことを。事故に遭わなければ、私達は遊園地に行くはずだった。そこから雅哉の記憶は続いているようだ。
「そうだね、早く行こう」
 私は何も変わらないような様子を装って、答えた。今は、何も考えないようにしよう。
 駅のホームにアナウンスが流れる。咄嗟に雅哉の腕をつかんだ。また、ホームの下に落ちてしまいそうな気がして、不安になった。雅哉は何も言わないで、ニッコリと笑んだ。
 車内は時々揺れて、それに合わせて、ハゲかけたおじさんが大きく私の方に傾く。異様なほどに。雅哉はそれに気付いて、間に立って私と同じ吊り革をつかんだ。おじさんの不服そうな目が向いても、無視していた。
「ありがとう」
 小声で言うと、
「当たり前だろ」
 少し照れていた。

 遊園地近くに来ると、目の前には、観覧車が頭を出していた。
「入場券買わなくちゃ」
「ああ、俺が買ってくるよ」
 雅哉は、混み合う受付口に走っていった。しばらく待っていると二人分買って戻ってきた。
「ありがとう」
「どうもいたしまして。さ、行こう」
 私の手を引いて、入場口に向かった。
 それからの時間は早かった。何もかも忘れて、二人の時間を楽しんでいた。雅哉がいるだけで、何倍にも楽しさは膨らんでいた。そうしているうちに、気付けば、日も暮れて暗くなっていた。観覧車やジェットコースターが綺麗にライトアップされていた。でも、そろそろ閉園の時間。楽しい時間は光のように過ぎた。残り時間を慌てて見ると、もう一時間しかない。
 電車の中、何も話さない私を見て心配そうにしていた。
「暗い顔して、どうしたんだ?楽しくなかったか」
「ううん、楽しかったよ。ただ、もう一日が終わったと思うと寂しくて…」
 嘘を言ってごまかした。本当は、もっと別のことなのに。
「また、明日があるさ」
 そう、明日はある。だけど、今日でもう……。
 時間は、残酷にも足早に過ぎ去って、駅に着く頃には、十分しか残っていない。ホームには私達以外誰もいなかった。
「あの、さ」
「何?」
 雅哉は何か話そうとしている。何だろう。すごく緊張してる。ポケットを探って、何か取り出した。
「その……」
 小さな箱を開けた。
「僕と、結婚してください」
 思い切って言った雅哉の手には、指輪が入った箱が乗っていた。私は、どれくらいだろう、唐突なことに驚いて何も言えなかった。それでも、嬉しくて、
「…はい。喜んで」
 顔がほころんだ。指輪をはめる手は、小刻みに震えてる。薬指にぴったりはまった指輪が、キラリと光り輝いた。
「まもなく、四番線を列車が通過します」
 アナウンスが流れて次の瞬間、突風が吹いて、雅哉がよろめいた。ホームから落ちて、電車がタイミングを合わせたように、走り込んだ。
チー……
液晶画面の時間が、終わりを告げた。抑えられない気持ちを、あふれさせて。
「またね………」

 また、雅哉はいなくなった。ただ、あのときに言えなかった思いは、私の胸に刻まれた。しばらくは、想う度涙が溢れて止まらないことがあったけれど、今では、フラッシュバックや空気の穴はなくて、耳鳴りもしない。
 最近、もう一度あのお店を訪れると、閉店していた。それから一度も行ってない。もう行く必要なんてない。雅哉は私の胸にいるのだから。独りじゃない。


 閉店した時を売った店で、店員が誰かと話していた。
「御依頼通り、彼女の気持ちに区切りが付きました。あなたも、これで思い残すことはありませんね」
「はい。ありがとうございました」
深々と頭を下げ、顔を上げると、店員は続けた。
「もう、行った方がいいですよ、あなたの行くべきところへ」
 店員の言葉に頷き、また頭を下げた。薄れた姿が、ゆっくりと消えて行く。
「さよなら」
 安らかな顔をして、雅哉は消えた。


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